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Doctor論文の概要 (PS)
Iron Line Analysis of Clusters of Galaxies
and the Effect of Resonance Scattering
(銀河団の鉄輝線解析と共鳴散乱効果)
銀河団は高温(1-15keV)、希薄な(10-3個/cm-3)プラズ
マで満たされているため、そのX線スペクトルは、衝突電離平衡にある高温プ
ラズマからの熱制動輻射による連続成分と高階電離した重元素からの輝線によ
り成り立っていると考えられる。様々な輝線の強度分布を調べることは、重元
素組成比や温度の分布、さらに、銀河団の化学進化の研究を行なう上で重要な
手がかりを与える。これまで、銀河団ガス中の重元素の分布は、銀河団ガスが
光学的に薄いとして輝線の強度分布から直接求められて来た。
ICM中では連続成分はトムソン散乱を受けるが、その光学的深さ tau(〜0.01)
は1より十分小さい。一方、輝線は共鳴散乱の影響を受けるため、その影響を
特に強く受ける輝線に対しては tauが1より大きくなりうる。そのような輝線
は、密度の濃い銀河団中心で共鳴散乱を大きく受け、その散乱された成分が等
方的にひろがり周辺部からの輻射となるため、その輝線強度は光学的に薄い場
合に比べ、中心部で減少し周辺部で増加して観測される。
本論文では、He-likeの鉄のKα線が、他の鉄輝線(例:Kβ線)に比べ共
鳴散乱の影響を大きく受けることに着目し、ASCA衛星の観測データの鉄輝線解
析を行ない、共鳴散乱効果の検証を行った。ASCA衛星に搭載されているGIS検
出器では鉄のKα線とKβ線が、また、SIS検出器ではさらにHe-likeの
鉄Kα線とH-likeの鉄Kα線が分離できる。
ASCA衛星で観測された149個の銀河団についてX線画像、スペクトル解析を行っ
た結果、およそ80 %の銀河団において、中心部における強度比R1がプラズマが
光学的に薄い場合に連続成分から求められた温度から予想される値より小さく、
周辺部に向けて増加していくことが明らかになった。また、強度比R2について
は、7 keV以下の低温の銀河団で光学的に薄い場合より小さくなった。ただし、
これらの結果は各銀河団によって統計精度が低く、ばらつきが大きい。そこで、
全ての銀河団をICMの温度で分類し(< 3 keV, 3-6 keV, 6-9 keV, > 9 keV)、
それぞれのスペクトルを赤方偏移を補正した後、足し合わせて解析し、この傾
向が一般的な性質であることを確認した。これらはHe-likeの鉄Kα線が共鳴散
乱を大きく受けることを考慮したときに期待される傾向と一致する。
そこで、観測値を定量的に説明するために共鳴散乱を考慮したMonte-Carlo
simulationを行なったところ、温度6 keV以上の銀河団ではR1、R2ともに共鳴
散乱効果により説明することができた。このことから、共鳴散乱を考慮しない
今までの解析手法では銀河団の中心部で重元素組成比をfactor 2程度小さく見
積もっていたことが明らかになった。高温銀河団の足し合わせたスペクトルに
おいて、観測された強度比R1を説明できるHe-likeの鉄Kα線のτはおよそ2で
あった。ただし、この強度比R1は、ニッケルKα線の寄与があり、鉄Kα線の強
度には不定性がある。そこで、ニッケルKα線の上限値(鉄の1.8倍以下)をスペ
クトルから導出し、この上限値を用いても共鳴散乱効果が有意であることを示
した。
一方、高温の銀河団について足し合わせたSISのスペクトルにおいて、He-like
の鉄のKβ線とH-likeの鉄のKβ線を初めて分離して観測することができ
た。これらの輝線の強度から、He-likeの鉄Kβ線のH-likeの鉄Kβ線に
対する強度比R3、He-likeの鉄Kα線のHe-likeの鉄Kβ線に対する強度
比R4、H-likeの鉄Kα線のH-likeの鉄Kβ線に対する強度比R5 を新たに
導入し、さらに詳細な解析を行った。特にR4とR5はイオンフラクションに依存
しないため、より厳密にKα線とKβ線の比を検証することができる。
そして、この観測値が、光学的に薄いプラズマにおいて連続成分の温度から予
想される値に比べ、ほぼすべて小さくなっていることを明らかにした。
ここで、ニッケルKα線の寄与は主にHe-like鉄Kβ線の観測値に、また、鉄のK
γ, δ, ε線がH-like鉄Kβ線の観測値に含まれている。これらの強度を考慮
に含めるとエラーの範囲内で一致していたが、値そのものは依然として予想値
を下回っている。これはICM中にさらに高温(> 10 keV)のプラズマが存在する
可能性を示唆するものと考え、2温度ICMの簡単なモデルを用い、検証を行った。
その結果、2温度ICMにさらに共鳴散乱効果を含めたモデルがこの傾向に近くな
ることを明らかにした。
しかし、3 keV以下の銀河団についてはMonte-Carlo simulationで定量的に見
積もった共鳴散乱を考慮に入れても中心での比の値が小さいことは説明できず、
さらに複雑な物理状態を考える必要がある。