研究目的

近年の地球温暖化問題に代表される地球環境変化が人間生活に与える一つの大きな要素は降水分布の変化である。降水は水循環の基本的要素であり、水資源のおおもとである。降水分布は大気水循環によりおおまかには決まっているが、様々な要因によりその分布を変えている。この降水について、近年は特に大気境界層の役割が重要視されている。大気境界層は海洋、陸面で異なる。陸面でも地形、土壌水分また植生により変化しており乾燥域と湿潤域とでは異なる。一方、東アジアには中国大陸南部の湿潤域と内陸の広大な乾燥域が広がっている。湿潤域はインドモンスーンによる南西から水蒸気流入と東シナ海からの水蒸気流入で維持されており、その北側の乾燥域との境界ではより強い降水が認められる傾向がある。本研究では、東アジアの湿潤域と乾燥域の境界となる領域において大気境界層が降水システムに与える影響とそれが東アジアの水循環へ与える影響について研究する。さらに、この結果を踏まえ、人為的地表面改変が将来の降水分布、また水資源に与える影響についての予測研究を行う。
 研究は日本の南西諸島と中国淮河流域における実地観測を大きな柱とする。特に今まで手薄であった上部大気境界層の観測を降水システムの観測と同時に行う。測器としてウィンドプロファイラレーダやエアロゾンデ(無人小型気象観測飛行機)を予定している。これに観測タワーなどを加え、大気境界層全層の実態観測を目指す。モデル研究として、LES(Large Eddy Simulation)を用いて大気境界層構造のより深い理解を目指す。現地観測で得た知見に対し、その普遍性及び拡張性を解釈するために、客観解析データや衛星データを用いた解析も行う。

研究概要

現地観測 乾燥域と湿潤域の境界における領域観測として、中国淮河流域とわが国の南西諸島を考える。

 南西諸島での観測 
エアロゾンデにより海上の大気境界層の観測、ラジオゾンデによる大気の鉛直構造の観測、ドップラソーダによる風速鉛直分布の観測、フラックス観測システムによる熱・水蒸気の交換速度の観測を行う。沖縄本島には独立行政法人通信総合研究所・沖縄亜熱帯計測技術センターがあり、その施設によるデータも利用する。

      2002年8月
      2003年6月
      2004年6月
      2004年8月
      2005年6月

 中国での観測
ウィンドプロファイラを中心とした長期のモニター的な観測を主体とする。さらにフラックス観測タワー、水蒸気ラジオメータ、ドップラソーダ(音波レーダ)、等による熱、水蒸気フラックスの観測、ゾンデ集中観測などを行う。また連続撮影を行えるカメラによる雲状態の観測も行う。
→観測の詳細はこちら


モデル研究
境界層を含んだモデル研究では高い空間分解能を持った3次元モデル(Cloud Resolving Storm Simulator; CReSS)を利用して大気境界層シミュレーションをまず単純なケースとして南西諸島での実観測結果をもとに行い、実測と比較してその問題点を検討する。それを踏まえて、様々な地表面状態のもとでの地表面過程、地形を組み込み、乾燥域、湿潤域の大気境界層の実態をシミュレートして大気境界層過程を理解する。同時により広い領域をカバーする低解像度のモデルに適用できる大気境界層のパラメタリゼーションも目指す。


衛星データ等広域解析
衛星観測は大きな時間・空間スケールで降水分布等を観測できることに特徴がある。主に用いるデータは熱帯降雨観測衛星(TRMM)の降雨レーダ(PR)、マイクロ波放射計(TMI)、可視・赤外放射計(VIRS)、GMS/VISSR、NOAA/AVHRR、DMSP/SSM/I等である。これらセンサーの特性を生かして降水分布の短期長期変動や3次元構造の把握を行う。また地表面状態の変化を求める。また広域の水蒸気輸送等を把握するために現業気象官署の作成している解析データ(NCEP、ECMWF、GAME再解析データ)を用いて、水蒸気の移流を中心に解析を行う。特に降水の元となる水蒸気の起源、さらに水のリサイクルに着目する。大気の運動量分布と水蒸気分布から乾燥中層大気の移流を調査する。



研究の実施体制

大気境界層グループ

研究実施項目
南西諸島・中国における大気境界層の観測

概要
南西諸島においては、観測マスト、ドップラーソーダなどにより夏季の安定した状態での大気境界層の観測を行う。→現在、結果を解析中。
中国においては、冬季は乾燥域に、夏季は湿潤域に入る淮河域において、中国国家気象局との協力のもとで、ドップラーソーダ、フラックス観測タワー、低層 大気観測用ウインドプロファイラレーダなどにより大気境界層の観測を行う。

雨構造観測グループ

研究実施項目
降水観測・観測データ解析

概要
南西諸島において、降雨レーダによる観測を行う。沖縄本島においては独立法人通信総合研究所沖縄亜熱帯計測技術センターの大気観測測器群と連携して降水観測を行う。
また、中国国家気象局の現業レーダ・高層ゾンデの強化観測データの解析を行う。

モデルグループ

研究実施項目
大気境界層のモデル研究及び観測

概要
Large Eddy Simulation (LES)による大気境界層のシミュレーションを実行し、降水システムの開始に湿潤大気境界層が与える影響について調べる。また、大気境界層と自由大気との間でのentrainmentの効果についても調べる。初期値、また参照データとして現地観測データを用いる。

広域解析グループ

研究実施項目
広域水循環解析

概要
現地観測域を含む広い領域の大気構造を、現業官署の雨量データ、再解析データ、衛星データを用いて調べる。特に、乾燥季から湿潤季への移行期の湿潤大気の構造、その拡大の実態を調べる。衛星データは全球データであるため、より広く解析を進め、現地観測域の一般性、特殊性についても調べる。また、衛星観測データの質にも留意する。