English


マイクロ波観測装置 TMI による降雨推定
(降雨レーダ PR との比較)(猪飼くんの結果)

VIRS などのように、可視や赤外での観測で雲のてっぺんの表面温度(=雲の高さ) やその特性から降水量を推定するのではなく、直接雨を観測することができると いう点で、TMI とPRは優れていると言えます。
PRは、自らが送信したマイクロ波が雨粒などに当たって戻って来る降雨エコーを 観測することにより、降雨の3次元分布を推定することができます。高度別の降 水は、マイクロ波を送信してから降雨エコーが観測されるまでの時間の遅れから 推定できるので、最終的に3次元分布が得られます。一方、TMIは5つのマイクロ 波帯で、雨そのものからの輻射やそれらが散乱を受けた輻射を観測することによ り、降雨の分布を推定します。TMIはPRの3倍以上の広い領域を観測できますが、 陸上ではバックグラウンドが大きくTMIの降水量の推定精度が悪くなります。 言いかえると、PRは観測幅は狭いけれども、どこでも精度良く降水強度を推定す ることが可能です。
ここでは、いつ、どこで、どの程度TMIとPRの推定降水強度が異なるかを調べ、 その異なる原因を追求することにより、 陸上でのTMIの降水強度推定精度の向上に寄与することを目的として研究しています。

現在 TMIとPRから見積もられる降水強度RRは、TMIがPRに比べ20%程度大きく見積 もられる傾向があることが報告されています。TMIが精度よく降雨を指定できる 海 上・それが難しいとされる陸上・またその中間である沿岸上において、TMIと PRの降水強 度の比較研究を行っています。 ここには、海上の結果を示します。これらの結果は、Ikai & Nakamura (2003)を もとにしています。
 解析には、、バージョン5のTMI-レベル1の輝度温度データ、TMI-レベル2の地 表面降雨強度・鉛直降雨プロファイルデータ、PR-レベル2の地表面付近降雨強度・ 鉛直降雨プロファイル・降雨減衰量、PR-レベル3の月平均降雨量データを利用し ています。1998年6月と12月のそれぞれのデータについて3ヵ月の0.5度×0.5度の グリッド平均で比較を行いました。

結果

1.TMIとPRの降雨強度推定傾向の把握

 図1は1998年12月〜1999年2月(DJF1999)と1999年6月〜 8月(JJA1999)の3ヶ月平 均のPRとTMIから見積もられた地表面付近推定降雨強度の比(PR-rain/TMI-rain) の全球図です。TMIの降雨強度は、PRと観測頻度を同じにするために、PRの狭 い観測幅に合わせて平均を行っています。また、TMIはPRに比べて弱い降雨強度を検知 できていない傾向が見られたので、TMIとPRの3ヶ月推定降雨強度が0.05mm/h以上 のgridのみ比を算出しました。DJF1999、JJA1999ともに熱帯や夏半球中緯度では報 告されているようなTMIの過大見積りが見られますが、逆に冬半球中緯度 ではPRの過大見積もりが見られます。さらに、冬半球中緯度でも日本の東 海上では特にPRの過大見積りが強いなど、経度方向にも地域的な変化がみられま した。

2.事例解析

 TMIとPRの見積もり傾向の地域・季節的な変化の要因を同定するため、事例解 析を行いました。事例解析を行った場所は図1の緑色で 囲んだ場所です。ここでは1999年2月11日の日本東海上(冬半球中緯度)と1999年6 月13日のフィリピン東海上(熱帯)の事例を示します。図 2-1はTMIとPR により見積もられた地表面降雨強度の相関、図2-2はTMIの10GHz水平偏波チャンネルで観測された輝 度温度(TMI-10GHz)とPRから推定される総降雨減衰量(PR-PIA)の相関を示してい ます。TMI-10GHzとPR-PIAは ともに降雨の鉛直積算量に相関があるものである。 また、図2-1において白丸のプロットはPRアルゴリズ ムにおいて定義された対流性降雨域が卓越しているgridを示しています。ここで 3つの傾向が確認できます。(1)2つの事例間において、TMIとPRの推定地表面降雨 強度の 傾向に大きな差(冬半球中緯度-PRの過大見積り、熱帯-TMIの過大見積り) が見られますが、TMI-10GHzとPIAの相関はほとんど同じです。(2)2つの事例とも に、PR アルゴリズムにおいて対流性降雨と識別されたgridでPRの地表面降雨強 度が過大見積りされる傾向があります。(3)日本東海上の事例(冬半球中緯度)に おいて、異常に小さなPIAの値が見られています。(1)の傾向は、鉛直積算量に変 化が見られていないにもかかわらず、地表面で推定される降雨強度が異なること から、TMIとPRで見積もられる降雨の鉛直プロファイルが異なっていることに起 因していると推測されます。(2)と(3)の傾向は、PRアルゴリズムで用いられるレー ダ反射因子と降雨強度や降雨減衰係数の関係(Z-R、k-Z関係)や減衰補正法に起 因していると思われます。

3.TMIとPRの降雨鉛直プロファイルの比較(TMIの推定0℃高度の影響)

 PRは降雨の鉛直プロファイルを直接的に観測できますが、TMIの降雨鉛直プロ ファイルは ルックアップテーブルを用いたBaysianの手法により推定されていま す。とくに、TMIの降雨頂は0℃高度を見積もることにより決定されています。図3はTMI とPRにより見積もられた1999年7月と1999年1月 の月平均推定降雨鉛直プロファイルです。各線は図1に緑で示した領域毎の結果 です。TMIの鉛直プロファイルはTMIの衛星軌道直下のデータ、PRはそのTMIの観 測視野に入るデータにより平均しました。フィリピン東海上(熱帯)では、各層に おいてTMIの過大見積りであるが、TMIとPRの降雨プロファイルの形は似ています。 この傾向は、他の熱帯地域、また夏半球中緯度においても見られています。一方、 日本東海上(冬半球中緯度)では、TMIの降雨頂がPRに比べ高く、高度3〜4kmでは TMIの過大見積もり、地表面付近ではPRの過大見積りとなる傾向が確認できまし た。他の冬半球中緯度の領域においてもこの傾向は見られました。この冬半球中 緯度の傾向は、TMIが0℃高度を高く見積もりすぎているためだと考えられます。 もし、正しい0℃高度に対してTMIが高く見積もってしまったとすると、そのTMI の0℃高度から見積もられる降雨鉛直プロファイルは、高い高度から降雨を分配 してしまい地表面付近の降雨強度は、弱く見積もられてしまいます。このTMIが 見積もる0℃高度(TMI-FH)を検証するため、PRから観測されるブライとバンド高 度(PR-BBH)との比較を行いました。図4はDJF1999と JJA1999のTMIの0℃高度とPRのブライトバンドの比(TMI-FH/PR-BBH)です。冬半球 中緯度では、PR-BBH に比べTMI-FHが1.5倍以上に高く見積もられる傾向が見られ ます。このTMI-FH が誤って高く見積もられる冬半球中緯度は、TMIが過小見積も り(PRが過大見積り)の傾向がみられた領域と一致しています。よって、冬半球 中緯度では、TMIが0℃高度を誤って高く見積もることにより、降雨の鉛直プロファ イルに不一致が生じ、地表面降雨強度はTMIの過小見積もり(PRの過大見積り)と なっていることが分かりました。

4.PRアルゴリズムが定義する降雨特性の影響

 PRから降雨強度を見積もる際、雨滴粒径分布(DSD)に依存するZ-R、k-Z関係の 仮定が非常に重要です。PRアルゴリズムでは、降雨特性(対流性、層状性、その 他)に応じて異なったZ-R、k-Z係数を使用し、降雨減衰補正も異なった降水プロ ファイルの仮定を用いて行っています。たとえば、同じレーダ反射因子(Z)に対 し、対流性降雨の場合は層状性降雨の場合に比べ約1.3倍の降雨強度となる関係 を使用しています。この影響が、事例解析において見られたPRで対流性降雨と 定義される領域で地表面付近降雨強度が強く見積もられる原因になっている可 能性があります。この影響が、3ヶ月平均推定地表面付近降雨強度に現れるかを 調査しました。図5-1, 図5-2はPRにより見積もられた総降雨量に対する 定義された対流性降雨の割合とPR とTMIの推定地表面付近降雨強度の比の相関 を示したものです。図5-3,図5-4は図5-1, 図5-2を各ビン毎に平均した ものです。熱帯地域(図5-1,5-3)、冬半球中緯度(図5-2,5-4)ともに、PR アルゴ リズムで定義された対流性降雨の割合が多いと、PRの推定地表面付近降雨強度 が強くなる傾向がみられます。特に、冬半球中緯度のブライとバンドが低い場 合ではこの傾向が強く現れています。これは、対流性降雨でブライとバンドが 低いときに異常に大きなPIAの値が見られ、過剰な減衰補正がなされていると考 えられます。このように、PRアルゴリズムにおいて定義される対流性降雨量に 対して、この傾向が生じることは、逆にPRのアルゴリズムが降雨特性に応じて Z-R、k-Z関係、降雨減衰補正法を変えていることが、統計的なバイアスを作っ てしまっている可能性を示唆しています。

おわりに

 海上におけるTMIとPRの地表面降雨強度の見積もり傾向として、熱帯・夏半球 中緯度ではTMI の過大見積り、冬半球中緯度ではTMIの過小見積り(PRの過大見積 り)の傾向がみられました。また、これらの傾向は経度方向にも地域的な変化が みられました。冬半球中緯度ではTMIの過小見積り(PRの過大見積り)の傾向の要 因として、TMIとPRの降雨鉛直プロファイル、TMI-FHとPR-BBHの比較から、TMIが 0℃高度を高く誤って見積もることが示唆されました。また、一部は、PRアルゴ リズムの降雨特性の考慮の不適当さに起因することが示されました。
現在、陸上においても同様の比較、要因の同定を行っています。 このような解析の論文として、他にMasunaga et al. (2002),Furuzawa(Akimoto) & Nakamura (2005)などがあります。


参考文献
Ikai, J. and K. Nakamura, J. Atmos. Oceanic Technol., 20(12), 1709-1726, 2003
Masunaga, H. et al., J. Applied Meteorology, 41, 849-862, 2002.
Furuzawa, Akimoto F. and K. Nakamura J. Appl. Meteor., 44(3), 367-383, 2005